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札幌地方裁判所 昭和42年(ワ)1120号 判決

原告

有限会社中村密商店

右代表者

中村トシ

原告

有限会社菅原商会

右代表者

菅原妙子

右両名訴訟代理人

野切賢一

外五名

被告

北海道穀物商品取引所

右代表者

高元隆吉

被告

細井了

被告

安野誠一

右三名訴訟代理人

藤井正章

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

(一)  被告らは、各自

1  原告有限会社中村密商店に対し一、〇六六万円およびこれに対する昭和四二年一一月二日から完済まで年五分の割合による金員

2  原告有限会社菅原商会に対し、四二八万四、〇〇〇円およびこれに対する右同日から完済まで年五分の割合による金員

を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

第二  当事者の主張

(請求の原因)

一  (当事者)

(一) (当事者の地位)

1 被告北海道穀物商品取引所は、商品取引所法(以下単に法という)に基づいて設立された法人であり、被告細井了、同安野誠一の両名は、昭和四二年四月一日から同月三〇日までの間被告取引所の理事の地位にあつた。

2 原告両名は、雑穀の売買を業とする商人であるが、被告取引所の会員ではないので、被告取引所の商品仲買人に委託して、被告取引所において穀物の売買取引をしてきた。

(二) (被告取引所の組織および運営)

1 (理事会)

理事会は、理事長および理事全員をもつて組織し(被告取引所定款八二条一項)、理事長および理事は、自己に特別の利害関係ある事項については、その審議決定に参加することができないとされている(同条四項)。

2 (受渡委員会)

受渡委員会は、受渡業務に関し理事会の諮問にこたえるため被告取引所に常設されている委員会であつて(定款八五条六号)、その委員は、理事および会員のうちから理事会の議を経て理事長が委嘱して就任する(定款八八条一項)が、委員は、自己に特別の利害関係ある事項については、その審議決定に参加することができないとされている(同条七項)。

3 (受渡提供品の検品)

右受渡委員会は、定款九四条に規定されている商品の指定、倉庫の指定、格付に関する事項のほか、旧来から先物取引の受渡および受渡品の検品に関する事項を担当しており、受渡提供品に対して買方が故障の申立(被告取引所業務規程三五条一項)をした場合の裁定も右の事項中に含まれるが、被告取引所受渡細則五条により、理事会、受渡委員会においては、当事者たる理事、委員を除いて故障程度を裁定しなければならないと定められている。

二  (違法な検品裁定をしたことを理由とする請求)

(一) (昭和四二年四月四日の理事会における決議)

1 昭和四二年三月末頃、訴外松本亀之助商店は、小豆(標準品たる北海道産農産物検査法に基く検査規格その(二)二等品)三月限八一枚三、二四〇俵(うち、五〇枚二、〇〇〇俵は北海道明治物産株式会社に委託)、訴外山種物産株式会社は、小豆三月限六枚二四〇俵の、各買建玉を有していたものであり、原告両名は被告取引所の商品仲買人に委託して小豆三月限の売付をなしていたので右売買取引の履行として原告らが調整し、農産物検査法に基く検査を経たみがき小豆(昭和四一年産)三等品を右受渡に提供したところ、右訴外人らは業務規程三五条による故障の申立をした。

しかるところ被告取引所理事会は、昭和四二年四月四日右みがき小豆(昭和四一年産)三等品について、同日付受渡委員会の検品裁定を経たうえつぎのとおり不合格または値引の裁定(以下本件裁定ともいう)をした。

(1) 原告有限会社中村密商店提供分

(イ) 不合格 一六枚六四〇俵

(ロ) 値引 一八枚七二〇俵

(2) 原告有限会社菅原商会提供分

(イ) 不合格 一枚四〇俵

(ロ) 値引 二枚八〇俵

2 (受渡委員会)

(1) 被告細井了および訴外細谷慶助(代理人池田善次郎)は、いずれも四月四日当時受渡委員であつたが、被告細井は訴外松本亀之助商店の使用人であり、訴外細谷は訴外山種物産の代表取締役であつて、おのおのその属する業者(会員)の利益を代表する立場にあるものである。

(2) しかるに、四月四日の受渡委員会においては、右両名を、松本亀之助商店および山種物産の故障申立にかかる検品裁定に参加させた。

(3) 右は定款八八条七項、受渡細則五条に違反する。

〈以下―略〉

理由

一請求の原因第一項(当事者および被告取引所の組織および運営)の事実は当事者間に争いがない。

二違法な検品裁定をしたことを理由とする請求について

1  請求の原因第二項(一)の1(昭和四二年四月四日の理事会における決議)の事実は当事者間に争いがない。

2(1)  原告らは理事会および受渡委員会における審議決定に利害関係人を参加させた違法があると主張し、それに基づき、不合格又は値引されたことによる損害ならびに在庫品再調製費用の損害の賠償を請求するものである。理事および委員は自己に特別の利害関係ある事項につきその審議決定に参加することができない旨の右定款八二条四項および八八条七項の定めは、これらの者の取引所に対して負う善良な管理者としての注意義務違反を防止するとともに決議の公正を担保する趣旨に出たものであるから決議につき個人として法律上特別の利害関係を有する場合をいうものと解すべくそれゆえ受渡提供品の検品裁定につき理事又は委員が会員たる買方当事者本人又はその取引所に対する代表者ではなくて、ただその使用人又は代表取締役であるに過ぎない場合は、未だこれに当らないものと解すべきである。本件において被告細井および訴外細谷が本件受渡委員会の検品裁定に委員として参加したこと、被告細井および訴外新道が本件理事会の決議に理事として参加したことは当事者間に争いがないところ、被告細井は会員たる買方本人たる訴外松本亀之助商店の使用人、訴外細谷は同訴外山種物産株式会社の代表取締役、訴外新道は同訴外北海道明治物産株式会社の代表取締役であるに過ぎないことは当事者間に争いがないのであるから、同人らが右決議につき右定款にいう特別の利害関係ある事項につき審議決定に参加したものということはできない。従つて被告らに右定款違反の行為ありということができないことが明らかである。

のみならず仮に原告ら主張のとおり右理事会および受渡委員会における審議決定に前示のとおり被告細井らが参加したことが利害関係人を参加させたものとして右定款に違反するとしても、右利害関係人が審議決定に参加したことにより、右の審議決定が歪められその結果本来は合格すべき品質を有する受渡供用品が不合格又は値引の裁定を受けたような場合はこれにより損害が生じたものと言いうるが原告らの提供した受渡供用品が本来粗悪品であり、従つて不合格又は値引の裁定が不可避であるような場合は、原告らは右の裁定の結果を甘受すべきものであるからそこには右行為に因り生じた損害はないものといわなければならない。

(2)  そこで本件受渡供用品たる小豆の品質について判断する。本件小豆はすべて農産物検査法に基づく二号三等の検査合格品であるにもかかわらず本件裁定を受けたこと、および被告取引所の格付基準は法八〇条二項により農産物検査法の検査規格と同一であるように定められていることは当事者間に争いがない。しかしながら証人菱村小与吉の証言によれば、本件小豆は冷害のため極めて品質の悪かつた昭和四一年度産であり、検査規格の二号三等品として値引又は不合格としなければならない程度の粗悪品であつたことが認められる。

もつとも証人太田年信の証言によれば、同人は当時北海道食糧事務所小樽出張所長として農産物検査法に基づき検査業務に従事していたが、本件裁定がなされたのち、農産物検査法に基づく検査の際採取し保存しておいた本件小豆の各検体について、その本所の係官らと討議し農産物検査結果には誤りがない旨確認し合つたことが認められ、さらに証人小田朝久および原告有限会社中村密商店の前代表者中村密は、被告取引所の受渡委員会を構成する委員は農産物検査官に比較して鑑識能力が劣つているとか、受渡委員会を構成する委員中に本件裁定の結果につき利害関係を有する委員が含まれているので不公平な裁定をしたとか供述するが、〈証拠〉を総合すれば原告有限会社中村密商店の調整にかかる商品に対する関東、関西の取引業者の評判は極めて悪く、同原告の調整した商品については取引を拒否する者が続出していた事実が認められる他、同原告の前代表者中村密自身当法廷において、通常調整業者が調整をする場合、検査規格のぎりぎりまでくず豆を混入し如何に利益をあげるかが調整業者の腕の見せどころともいえると述べ、しかも再調整の際には従来の調整品から更に二ないし三パーセントぐらいのくず豆を除いたと供述しているのであり(この点については証人小田朝久がやはり九パーセントぐらいのくず豆を除いて再調整した旨証言している。)、更に前記証人菱村小与吉の証言によれば同人は大正一一年七月から検査業務に従事し、昭和一八年には検査監督員として管内の検査官の指導に携わり、昭和三九年三月に退職した時には北海道における最古参の検査官であり農産物の検査についてはかなりの鑑識眼を有していたことが認められるのであつて、以上の事実に照らせば、前記太田が本所の係官と検査結果に誤りがないことを確認し合つたことを以つては未だ前示認定を覆えすことはできず、証人小田朝久、原告有限会社中村密商店の前代表者中村密の前記各供述はいずれも措信できない。

また証人小田朝久は、本件小豆について再検査がなされた際全部合格した旨証言するが、再検査によつて合格した小豆がはたして本件小豆と同一物であつたか否かについては、同証人自身判然としない旨述べるものであつて、右証言はたやすく措信できない。

更に同証人および原告有限会社中村密商店の前代表者中村密は、本件の問題が生じてまもなく、右中村密が原告有限会社菅原商会の代表者であつた菅原富士雄とともに被告取引所に菱村小与吉を訪れ、食糧事務所の方から取引所に渡されているいわゆる標準品と原告らの品物を比べてみようということになつたが、その際右菱村が出してきた標準品はごみだらけのハトロン紙に包装されていたものであつて右菱村や受渡委員会の委員が標準品を見ていなかつたのではないかとか、右の比較の結果右菱村自身原告らの品物の方がよいと言つたと供述しているが、右菱村小与吉の証言によれば、原告の代表者らが尋ねてきたのは本件受渡委員会が開催される前の昭和四二年三月二五日のことであり、確かに取引所においてあつた標準品と考えていたものが粗悪品であつたことがあるが、それは何らか手ちがいで標準品を入れておくカートンに別の品物が入つていたためであり、その翌々日の同月二七日には菱村自身食糧事務所に出かけていつて標準品をもらつてきており、本件裁定がなされた同年四月四日の受渡委員会において使用された標準品はその際食糧事務所からもらつてきたものであることが認められ、〈排斥証拠省略〉

(3)  以上の事実によれば原告らの提供した受渡提供品の品質は粗悪であり、本件裁定を受けるのもやむをえなかつたと認められるのであるから、原告らのこの点の主張はその理由がない。

3(1)  請求の原因(二)1、2およびそれに対する被告らの反論イ、ロ、ハの各事実についてはいずれも当事者間に争いがない。

(2)  原告らは農産物検査法に基づく検査結果を無視した違法があると主張し、それに基づき前同様、不合格又は値引されたことによる損害ならびに在庫品調整費用の損害の賠償を請求するのであるが、原告ら主張の右費用が損害となるのは、あくまで本件小豆の品質が本来は裁定に合格すべきものであつたにもかかわらず、それが不当にも不合格又は値引された場合に限られるものというべく、そうだとすれば前記認定のとおり本件小豆の品質は極めて粗悪であつたのであるから、原告らの請求はその前提を欠き理由がないものといわなければならない。

なお原告らは被告取引所が農産物検査法に基づく検査結果を無視したというけれども、国家公務員たる農産物検査官がその資格に基づきなした農産物検査法の検査結果は十分に尊重されなければならないことはいうまでもないが、右検査結果は絶対不変のものではなく、検査結果それ自体に誤りがある場合や、検査結果それ自体は正しくても後に農産物の品質が変化することも十分に考えられるわけであるから、後に現物取引業者などが、実物を見たうえ品質について故障の申立てをなして異議を唱えること自体は当然許されなければならず、それに応じて被告取引所が右申立てについて判断することは何ら差しつかえがないものといわなければならない。

三信用毀損および取引妨害行為を理由とする請求について

1  原告有限会社中村密商店

(1)  証人小田朝久および原告有限会社中村密商店代表者本人尋間の結果によれば本件裁定がなされた後、同原告代表者中村密は、被告取引所理事の間には同原告において取引を遠慮して欲しいという声がでている旨伝え聞いたため、当時受渡委員会の委員長であり小樽の病院に入院していた太田泰治に事情を説明しその善処方を依頼したところ、同人は右中村とともに早速取引所を尋ね、たまたま開催されていた理事会に出席したが、理事会のメンバーであつた野坂藤男から「あんたは今まで理事会に出たことがないのに今日理事会で決めたことをくつがえすつもりか」と言われたたため、同人もやむを得ないと考え、右中村に対し「ミッちやん少し気のどくだけれども商売遠慮してくれ」と告げたが、その際その席には理事長砂山孝も同席していた事実が認められる。

もつとも証人野坂藤男は、原告両名は被告取引所の会員ではないので直接何も言うことはできないし又事実言つてはいないが、ただ原告有限会社中村密商店の代表者が小樽の某市議会議員を通して話し会いを求めてきたので話し会つたが話し会いは結局ものわかれに終つた旨証言するが、右の証言によつては未だ前記認定の事実をくつがえすに足りず他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(2)  ところで原告らは、右の事実をもつて原告有限会社中村密商店に対する信用毀損および取引妨害行為であると主張するが、前記認定の事実からも明らかなように右の理事会における大田泰治の前記中村に対する発言は未だ被告取引所名義行為そのものと見ることができないと考えられる余地があるばかりではなく、仮に被告取引所の行為であるとしても、右の太田発言は、同原告に対し同原告が取引行為をなした場合に一定の不利益を課するというような強制力を用いてまでその取引行為を禁ずるという趣旨ではなく、道義上任意にその履行を求めたものと解されるから、右の事実のみをもつてただちに被告取引所に違法な行為があつたとすることはできず、前記原告らの主張はその理由がない。

(3)  昭和四二年四月一〇日ころ被告取引所は「不良品の調整業者の取扱について」と題する文書を作成して被告取引所の全会員に発送配布した事実は当事者間に争いがなく、その成立に争いのない甲第一号証によれば、その文面は「最近四一年豆類故障品の申立が続出しており、これが検品裁定の結果によれば品質不良のものが多く、現況では流通上誠に遺憾に堪えません。特に小樽市中村密商店の製品に品質不良のものが多く出ておりますので御注意願います。なお、爾今本所において故障の申立を受け検品の結果故障品として裁定した場合は、渡方に対し厳重警告を発することとしたから受渡品の流通円滑を期するため特段のご配慮を願います。」というものであることが認められる。

さらに同年六月一七日付で「受渡不良品の取扱について」と題する文書を全会員に発送配布した事実は当事者に争いがなく、その成立に争いのない甲第二号証によれば、その文面は「昭和四二年四月一〇日付四二北取二第二六五号でご通知申し上げておりました上記の件につきましては、最近の受渡品の検査の実績から見て、趣旨が徹底したものと判断されますので、解除致します。なお今後共品質の点に関しては、受渡品の流通円滑を期するため、特段のご配慮、ご協力を願います。」というものであることが認められる。

(4)  原告らは前記四月一〇日付の文書を被告取引所が発送配布したことをとらえて、原告有限会社中村密商店に対する信用毀損・営業妨害の不法行為が成立すると主張する。確かに原告ら主張のとおり本件裁定がなされた個々の取引については被告取引所の規定に従い事後処理がなされ、その限りでは問題はなく、それ以上に制裁を課する必要は一見ないように思われ前記文書の配布行為が不法行為とされる余地がないわけではないが、しかしながら買方から受渡供用品につき故障の申立がなされ、これに対し、代品提供の裁定がなされた場合、売方が検品裁定の通知を受けた日より三日以内に代品の提供をなすべきであり、それができなかつたときは、被告取引所業務規程七九条一項一号の「受渡を履行しないとき」に該当し、定款一〇七条一項一号により被告取引所会員の除名処分を受けることになる(当事者間に争いのない事実)のであるから、仮に検品裁定の結果大量の代替品が出て、これが一人の仲買人に集中した場合、受渡不履行による除名処分のおそれが生ずるので、会員組織である被告取引所としては、会員をこの危険から守るためにも、会員に対し、不良調製業者についての注意を喚起するための通知をなす必要があると認められる。従つて被告取引所が前記文書を会員に発送配布した行為についてこれを違法ということはできない。

もつとも原告らは国定検査合格品から主張のような大量の代替品の必要を生ずるなどという事態は想定できないと主張するが、現に本件において原告両名を合計して実に一七枚もの不合格品が出ている(当事者間に争いのない事実)のであるから、右主張もにわかに採用しえない。

2  原告有限会社菅原商会〈省略〉

四結語

以上のとおりであつてその余の点につき判断を加えるまでもなく、原告らの主張はすべてその理由がないので本件請求を棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法九三条一項本文、八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(磯部喬 太田豊 末永進)

別表一、別紙一、二、三〈省略〉

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